こけ地蔵


東神吉町天下原。
入口。
家型石棺の蓋。
 
前のめりになっている石棺仏。

何度起こしても倒れるのでこけ地蔵と呼ばれるようになった。

所説に、阿倍清明とライバルだった、この地の出身者

道満が毎夜放つ火の玉が当たり、ずっとこけていたとも伝えられている。


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〜編集後記〜
ここの道は何度も車で通ってましたが気づきませんでした。
歩いててもうっかり見落としそうになります。

私が訪れたときは一人の壮年の方がスケッチをされていました。
その方のスタイルかもしれませんが
そばには奥様であろう遺影がが置かれてあり。
私が来るとスケッチをやめて写真撮影をさせてくださいました。

しばらくすると日課であるか、
おばあちゃんがお花と水を替えにやってきました。

まあこんな狭い場所に一気にこんなに人が集まるもんかねと
思ったくらいです。

道満の逸話を聞いて地元でそういう話があるのに驚かされました。
阿倍清明は有名すぎますが
そのライバルがここの人だったなんで。
その子孫が今でも散らばっているなんてすごいっ!
(2011年4月)